「欺瞞・虚偽」だらけの2020東京オリンピック,コロナ禍などそっちのけで国際大運動会だから「地の利のある日本チャチャチャ」,政府御用達新聞社『読売新聞』はすでにスポーツ紙

 「欺瞞・虚偽」だらけの2020東京オリンピック,コロナ禍などそっちのけで国際大運動会 だから,「地の利のある日本チャチャチャ」,政府御用達新聞社の『読売新聞』はすでにスポーツ紙

  菅 義偉政権の応援団(長),読売新聞社(長)は五輪開催中の現在,『ゴミ売り新聞』を『誤倫新聞』化,系列のスポーツ新聞紙としてならば,巨人軍のことをしっかりと懸命に報道する『スポーツ報知』があるが,いまの『読売新聞』は『第2スポーツ報知』化

 

  要点・1 政権支援しかしない『ゴミ売り新聞』は,まさしく反・社会の木鐸の好例・見本

  要点・2 政府(菅 義偉政権)をヨイショするのは,月刊『Hanada』だけで必要かつ十分では?

  要点・3 やらずに済ませればまだしも,オリンピックの開催を強行したとなれば,日本というこの国がこれから体験していく没落度が,さらに加速されるほかなくなった

【参考記事】

 

 『読売新聞 オンライン』2021年7月31日朝7時の表紙画面を観て呆れた点

 朝6時半ごろに観たこの『読売新聞』のWeb版「表紙頁」(※)を観て,ビックリした。ただし,7時過ぎになって再度観たその画面はすでに更新されていた。前者の画面に並んでいた記事は,菅 義偉首相の「昨日の動向を伝える項目」以外,すべて汚リンピック関係の記事ばかりであった。

 しかし,7時過ぎのそれになって出ていた項目は相当入れ替えられており,オリンピック以外の記事が多くを占めていた。つまり,7時過ぎになると,ごく通常の編成になっていた(この指摘は各記事が配信された〈時刻〉で確認できた)。

 午前7時以前に閲覧してその「※)」の画面を切り取っておけばよかったのだが,そこまですることはあるまいということであった。ともかくその7時を過ぎたら,よりふつうで違和感のない「紙面の構成」に変えられていた。

 要は6時半ごろのそれは,「昨日の首相の動向」以外の記事はすべて汚リンピック関係の「ニッポン,チャチャチャ……」関連のものばかりであった。

 「菅首相,東京で最多更新の3000人感染にも『お答えする内容がない』と取材拒否」する 註記),この国の総理大臣はたいそうな御仁である。だが,誤倫(五輪)が開催されてから1週間も過ぎたいまごろの話である。新型コロナウイルスの新しいメニューとして,「東京オリンピック型・変異株」がさらに新しくくわえられる「裏舞台での作業工程」が,すでに進展中ではないかと心配される。

 註記)『東京新聞』2021年7月28日 19時22分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/120085

 補注)昨日までの東京都におけるコロナウイルス新規感染者数は,つぎの記事(表)とおりであった。前段における菅 義偉発言は,2日前までの統計数値に関する発言であった。彼の「国家最高指導者の態度」としては奇矯である。つまり,常識では理解不能な反応ぶりを示していた。

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 それでいて,誤倫の国際大運動会で金メダルを獲得した日本選手にはバンバン,お祝いの電話をみずから賭けまくっている。有権者の皆さんも,この「私みたく,金メダル獲得に興奮しようではないか」と誘っているのである。

 しかし,コロナ禍が猖獗をきわめだしている現段階の窮状を,国民たちの視野からはずしておこうと必死に画策するこの首相の「了見のなさ:狡猾さ」は,昔風にかつ今日的にも分かりやすく形容するとしたら,まさしく「非国民」の発想であり「反日的」の立場である。

 コロナ禍のせいで日常生活に困窮する国民たちが,これまで否応なしに増えてきた実態などかえりみず,この国民たちに「パンとサーカス」を与えておけば,コロナ禍など「関係ネエ!」と思ってくれると,菅 義偉は楽観できているのか。菅は,そのパンじたいすら満足に口にすることができない多くの人びとが存在する事実を,この国の総理大臣としてしらないのか?

 ところで,「『捨てる弁当は子どもに配って』 弁当4000食分廃棄問題でNPO組織委員会に異例の要望」『YAHOO!JAPAN ニュース』2021/7/28 (水) 18:31 配信,https://news.yahoo.co.jp/articles/9efe7808734c962a1e459951730b984fb31c9703(元記事・FNNプライムオンライン』)というニュースは,JOC五輪組織委員会がその廃棄した弁当について,

 「なお余剰は廃棄ではなく,飼料化リサイクル・バイオガス化しています」から,東京五輪では「持続可能性に配慮した大会の準備・運営」を目標にかなっているといった口調で答えていた。けれども結局は,ブタの餌にするかバイオガスに利用すれば「文句ないよな」

と, “開きなおった” 反応を返したに過ぎない。

 その余って廃棄することになった弁当は,子ども食堂などにまわしてあげれば,人間様のために有効に,つまり本来のその弁当の役目が実現できるはずなのに,JOC五輪組織委員会は要はめんどくさいので,そのように処分するだけにしていた。

 なお,今回の誤倫大会が終了後には東京都民1人あたり約10万円の税金が請求されるという予測もなされているが,この2020東京オリンピックの開催はいまもなお,国税・都税などわれわれの血税を,湯水のように垂れ流し的にムダ遣いしている最中である。

 一方では,まともな感染症の医療専門家が予測したように,この汚リンピックの最中にあって急激にコロナ禍の新規感染者が増加している。前段で紹介した東京都の新規感染者にくわえて,近隣の3県もたいへんな増加傾向になっている。以下,7月30日時点の報告である。

 ※-1 神奈川県は1418人感染確認,3日連続して過去最多-横浜市で4件,横須賀市で1件のクラスター発生

 ※-2 千葉県は過去最多の753人感染,前週の1.78倍と急拡大-八千代市船橋市クラスター発生

 ※-3 埼玉県は新たに853人感染,3日連続で800人超え-さいたま市の学習塾でクラスター発生

 補注)つぎの図表は7月29日まで表記しているが,傾向を把握するのに好都合である。
  

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 昨日(7月30日)の全国新規感染者数は全国の新規感染は1万743人となり,過去最多を更新し,2日連続で1万人を超えている。

 しかし,菅 義偉君ときたら,つぎのような動きならば一生懸命である。

  菅首相は金メダルがお好き? ツイッターは五輪ばかり 野党「感染拡大に危機感ない」★
   =『東京新聞』2021年7月30日 17時32分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/120576

 

 新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大するなか,菅 義偉首相に対して「国民と危機感を共有していない」といった批判が国会で相次いでいる。政府が緊急事態宣言の発令拡大方針を報告した〔7月〕30日の国会では,首相が毎日国民に向けて発信するツイッターがやり玉に上がった。

 

 「一番危機感を共有できていないのは総理ではないか」。30日の参院議院運営委員会で,共産党の山添 拓氏はその一例として首相のツイッターを挙げ,「五輪が始まった23日から今日までの30回のツイートのうち20回が五輪関係,しかもほとんどがメダル獲得のお祝い,それも金メダルだけだ」と強調。「感染拡大についてつぶやきさえないのは理解しがたい」と批判した。

 それはそうである。この首相の “ニッポン・チャチャチャ” ぶりは,「パンとサーカス」の要領でいけば,コロナ禍に苦しむ国民たちの苦境など,どこかへ吹っ飛ばせると思いこんでいる節があった。

 東京オリンピックの開催都市である東京都知事小池百合子が最近記録している言動は,もしかすると暑さにやられたかと心配させるほど無意味であって,どう聞いてみても,よく「意味の通らない」発言が目立っている。

  ※-1 「小池知事 『ですから,五輪はステイホームに一役買っている』 尾身会長の懸念を否定」(『東京新聞』2021年7月30日 16時00分)という発言は意味不明。

 

  ※-2 「小池知事『私はしっかり対応』 東京のコロナ感染,3日連続最多も発表前に退庁」(『東京新聞』2021年7月30日 16時08分)という姑息な行動も記録していて,この女帝とまで呼称されていた都知事「緑のタヌキ」,最近はだいぶ疲労が蓄積されているらしく,言動に冴えがない。

 東京都のコロナウイルス新規感染者がぐんぐんと増大する状況のなかで,このところにおける彼女の発言は5歳くらいの童女がするものにしか聞こえず,精神状態が不安定であるかにも感じられる。


 菅 義偉の傲慢で専制的な基本姿勢「批判」

 ここでは「説明なき『安全安心』には納得できない  コロナ禍の五輪開催に街でネットで続く抗議」『東京新聞』2021年7月30日 22時14分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/120695 を引用しておきたい。適当に省略した段落・文節がある。

  ▲ 民なくして 2021年夏 ▲

 

 東京五輪開幕後の朝,東京都世田谷区の駅頭に女性が立っていた。声を出さず,五輪中止を求める横断幕を静かにかかげる。地元に住む清水繁子さん(68歳)が4月から週2回,1人で続けている活動で「私も五輪は嫌いじゃない。でも,コロナ禍での開催はまっぴらごめんだ」と話す。

 ◆-1 権力握ったらウソついていいの?

 感染拡大が収まらないなか,根拠や基準を示さず政府や国際オリンピック委員会(IOC)が「安全・安心な大会」をうたっていることが納得できない。五輪をめぐる菅義偉首相の発言からは「権力を握っていればウソをついてもいい,説明しなくてもいいと思っているのではないか」と感じる。「ここ数年,そんな政治がまかり通っている。それはおかしいと何度でもいわないと」。五輪が終わるまで立ち続けるつもりだ。

 安倍政権時代,議論や説明を尽くさないまま政策を押し進める政治が定着した。多くの憲法学者らが違憲性を指摘した安全保障関連法や,反対の民意が明確な沖縄県名護市辺野古での米軍新基地建設が象徴的だ。核となる支持層を固めて国政選挙に勝利することで,反対論を遠ざけた。安倍政権の継承をかかげた菅政権でも本質は変わらない。

 ◆-2 開幕しても続く声「#東京五輪の即時中止を求めます」

(前略)   五輪に固執する政府の姿は,勝ち目のない戦いに突き進んだ太平洋戦争時の日本と重なってみえ,強い懸念を覚える。「後世に『なぜ五輪を止めなかったのか』と詰め寄られたらいいわけできない。中止を求める市民の意思と怒りを可視化したかった」。

 ……「あの戦争で降伏の決断が延び延びとなり,多くの命が失われた。いまからでも中止すべきだ」。

 ……「お祭り騒ぎが始まったら国民は喜ぶだろうと政府が思っているとしたら,私たちはなめられている。経験の蓄積は,つぎのステップにつながる」。秋までに衆院選がおこなわれる。「市民の感覚と政治の大きすぎる乖離を埋めるのは,有権者の責任で」ある。

 論語に「民信なくば立たず」という格言がある。民衆の信頼がなければ,政治はなりたたないという孔子の教えだ。いまの日本社会はどうか。「説明しない政治」にあきらめムードも漂っていないか。それでも声を上げつづける人たちの動きを追いながら,衆院選を見据え,政治のあり方と,沈黙しないことの意義を探る〔必要がある〕。

 

  ワクチン接種率(進捗状況)に関する菅 義偉の詭弁・駄弁・虚弁

 「接種『来月4割完了』 緊急事態,6都府県に 宣言『最後となる覚悟で』 首相表明」朝日新聞』2021年7月31日朝刊1面

 菅 義偉首相は〔7月〕30日,新型コロナウイルス対応の「まん延防止等重点措置」を適用している埼玉,千葉,神奈川の首都圏3県と大阪府に緊急事態宣言を出すことを正式決定した。期間は8月2日から31日まで。(▼2・3面=尾身氏直談判,4面=野党が批判,9面=飲食・観光「厳しい」,12面=社説,31面=会見要旨,32面=病院悲鳴)

 宣言を適用している東京都と沖縄県についても〔8月〕22日の期限を31日まで延長する。宣言地域は6都府県に拡大し,酒類を提供する飲食店に休業要請する。

 30日に開かれた政府対策本部で首相は,現在の感染状況について「これまでにない急激なスピードで感染が拡大している。感染者数の増加が止まらなければ,重症者数もさらに増加し,病床の逼迫(ひっぱく)が進む可能性がある」と,感染力が強い変異株(デルタ株)への急速な置き換わりに危機感を示した。

 ワクチン接種の新たな目標もかかげ,「今後は若い世代の接種に注力し,8月下旬にはすべての国民の6割を超える人が1回目の接種を終え,4割を超える人が2回目を終えることをめざす」と話した。(後略)

 この記事で菅 義偉はこのように,8月下旬には国民の6割を超える人が1回目の接種を終え,4割を超える人が2回目を終えることをめざす」と力説している。だが,過去(といっても先月の話題だが)の実績はどうなっていたか。

     菅首相「7月末目標」に躍起 「総力戦」の高齢者ワクチン接種 ★
 =『時事通信』2021年05月09日07時22分,https://www.jiji.com/jc/article?k=2021050800326&g=pol

 

 新型コロナウイルスワクチンをめぐり,菅 義偉首相がみずから目標としてかかげる7月末までの高齢者接種完了に躍起になっている。感染対策の決め手と位置付ける接種の遅れは,東京五輪衆院選を間近に控え「政権の命取りになりかねない」(周辺)ためだ。厚生労働省にくわえ総務省も動員,自民党の協力も仰ぐなど「総力戦」の様相を呈している。

 さて関連しては,『NHK NEWS WEB』の「特設サイト 新型コロナウイルス」が,「2021年7月30日公表・7月29日時点」での「首相官邸の情報をもとに作成」した「ワクチン接種状況」を,つぎのように報じていた。

 「日本国内の接種人数」

   1回目:4886万2145人,全人口に占める割合:38.43%

   2回目:3514万7293人,全人口に占める割合:27.64%

 

 「全国 65歳以上の高齢者 接種割合」

   1回目:85.71%

   2回目:73.10%

 オリンピックの開催:開会式は7月23日であった。若者層へのワクチン接種状況は遅々としている。しかし,この汚リンピックが開催されてからというもの,選手・関係者(役員・職員・ボランティア)たちの動きは,外国人選手たちも含めた話となるが,コロナ禍に対応する姿勢としては「それ,ダメ!」の行動が目立っている。だから,この国際大運動会を介して「新種の変異株(イプシロン型?)」が登場するのではないかとまで危惧されている。

 繰りかえすが,菅 義偉が「8月下旬には国民の6割を超える人が1回目の接種を終え,4割を超える人が2回目を終えることをめざす」といったところで,五輪開催が新型コロナウイルスの感染拡大に拍車をかけるような経過:展開を,実際にはどんどんと生起(発生)させている。

 菅はワクチンですべてが解決するといったごとき,浅はかな考え方しかできないでいる。その前にオリンピックを中止することが,真っ先に必要である点を,絶対に認めない「頑迷居士」。最近ではワクチン接種が3回目まで必要だといわれている。これは「デルタ株(インド株)」に対して効き目が落ちていると報告がされた「ファイザー社製のワクチン」に関した話題である。

 「オリンピックの開催」⇒「日本国内のコロナ禍拡大」⇒「参加した選手たちが自国へそれをおもち返り」にもなるという負の連鎖の「形成」は,早くから指摘されていた。だから,この国際大運動会の舞台が「新種の変異株(イプシロン型?)」の登場をうながす好機を,わざわざ提供することになるとまで心配されている。

 ところで,『朝日新聞』朝刊社会面には,つぎのコロナ禍関係の統計表が出ていた。この統計表をかこむ関連の記事も含めてその紙面を画像にして紹介しておく。このなかにはまたもや,コロナ禍対策としては「それほど効果のない,限られた範囲の問題でしかない」とか,再度「飲食店イジメ」の件を意味する小見出しが出ている。

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 その文句は「4都県の全域酒提供停止へ」である。飲食店への支援金は決定的に不足・遅延してきた経過・状況を踏まえていえば,これは飲食店に対して「潰れろ! 死ね!」と宣告したも同然である。菅 義偉政権の非情と冷酷さは,いよいよ,深刻化している。あとは衆議院解散総選挙有権者たちが,この菅 義偉の国家最高指導者としての言動・実績をどのように審判するかである。菅の再登場を許すようでは,この国は本当に破壊されつくす。


 「〈東京オリンピック2020特集〉『欺瞞に満ちた東京五輪』 ファンだからこそ考える参加選手の責任」asahi.com 2021年7月30日 10時00分,https://digital.asahi.com/articles/ASP7Y7G4XP7PUTQP01Y.html?iref=com_7_07 が,まともな議論(考察・吟味・批判)をしていた。以下に引用する。寄稿者は星野智幸(作家)である。 

※人物紹介※ 「ほしの・ともゆき」は1965年生まれ,著書に女子サッカーを題材にした『ファンタジスタ』(野間文芸新人賞)。路上生活者やうつの人など多様な人が集うダイバーシティサッカーに創設からかかわる。56歳。

 

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 a) 〔7月〕24日におこなわれたオリンピック(五輪)の女子サッカー,日本-イギリス戦のキックオフ直前,私はかたずをのんで画面を見守っていた。イギリスの選手たちが片ひざをつくのと同時に,日本の選手たちも片ひざをついた。ちょっと涙ぐみそうになった。

 日本のスポーツで,選手が自分の意思で人種差別に抗議を表わした瞬間だった。日本の選手たちはそれをとても自然な行動として示した。とうとう,日本の女子サッカーもここまで来たんだな,という感慨があった。その後の,両チームの魂のこもった試合展開まで含めて,特別なものをみたという気持の高ぶりがあった。

 なぜ,この行為が重要かというと,人種差別をスルーしたら,サッカーの現場が差別の応酬になって,サッカーがなりたたなくなるからだ。自分たちが人生を賭けているサッカーを守るためには,人種差別への反対を人任せにするのではなく,選手が個人として意思表示することが鍵となる。

 補注)もっとも,オリンピックの歴史そのものが「人間および人種差別問題と併存してきた」経過をたどってきた。いまの時点では「ボッタクリ男爵:IOC会長」の「五輪貴族」ぶりが大きく関心をもたれ,おまけにきびしく批判されているにもかかわらず,こちらの次元に関した社会差別の問題にまで,星野智幸の言及はできていない。

 そのことで,差別の対象になる選手もそうでない選手も,たがいが味方なのだと思えるから。選手たち個人の信頼を失わないためにも大切なのだ。サッカーに政治をもちこんでいるのではなく,サッカーを暴力から守る行為なのである。

 補注)しかし,ここで説明されている女子サッカー選手たちのその思いは,はたしてIOC幹部たちの精神世界にまで届いているのか,という疑問は残されている。いまのバッハ男爵の立場にとってそのような問題提起は,つまるところ〈屁のカッパ〉ではないのか?

〔記事に戻る→〕 つねに,男子スポーツの標準から排除されてきた女子スポーツには,競技者個々人が信頼しあって自分たちを守っていく,という性格がある。とくに女子サッカーアメリカが中心となって,自分たちで決める,という意思をかなり自覚的に実践して,女子スポーツの文化をリードしてきた。

 だから私は,女子サッカーこそが,いま噴き出しているスポーツの負の側面を変えて,新しい力を体現してくれると信じており,長年なでしこリーグの応援を続けている。

 b) それなのに,片ひざをつく場面を目にして感慨を覚えながら,一方で,その感慨が虚無に吸いこまれていくのも感じる。感銘は,たちまちのうちに後ろめたさと絶望に取って代わられる。

 差別に対して意思表示するその行為は,開催地日本の住民の意思を一顧だにせずに強行開催された五輪という舞台の上でなされているからだ。

 補注)ここの文意を勝手におぎなっていえば,「開催地日本の住民の意思」というものに関しては,このオリンピックの開催には多数派が反対(延期も含めて)であったという事実が軽視できない。なんのための五輪なのかが意味不明のまま,しかもとくにコロナ禍の真っ最中になっていたにもかかわらず,この国際大運動会を開催するという「狂気の沙汰」に突き進んでいた。

 後進国であればオリンピックの開催を機に,先進国に少しでも近づくための大スポーツ大会としては意義がみいだせるかもしれない。だが,21世紀のいまの日本は実質「先進国から脱落し,非一流国へと凋落しつつある」ゆえ,その「証し」として五輪を引き受けるというのは,実はお門違いであった。身の程をわきまえずに背伸びをし,「無理」をしてきたといわざるをえない。

 現状の日本,国民・市民・庶民たちが上級と下級に分化したといわれるまでもなく,その両者間の格差は本格化した。そうだとみなしていい現段階まで至っている。そこでオリンピックなど開催したとなれば,その「上級市民と下級市民」との階層間格差は,さらに広がっていく。コロナ禍に陥っている人びとがその間,五輪を開催などしているせいで,救われないでいる事情は深刻な様相を呈している。

 ところで,IOCやJOCに関係して五輪に参加している人びとを観察してみるに,たとえば一般のボランティアは,「彼ら:五輪貴族」の立場からみるに体のいい召使いの位置づけであった。

 ボランティアたちは,IOC会長のバッハが「ボッタクリ男爵」と蔑称され,いま現在,1泊300万円(以上?)もするという高級ホテル,その最上級の部屋をあてがわれている事実などをよくしったら,このオリンピックをボランティアで手伝うといった奉仕の精神(「やりがい詐欺」)そのものに関して,みずから反吐が出る思いをさせられるのではないか?

〔記事に戻る ↓ 〕

 c) 新型コロナウイルスのデルタ株に怯(おび)えるワクチン未接種者が大半を占め,医療も逼迫(ひっぱく)の恐れがあり,医療従事者は1年半以上の緊張の持続の上にさらなる過労とストレスを強いられ,コロナ禍で貧困に陥って炊き出しに来る人たちは増えつづけているなかで,いまは開催しないでほしいと思う大半の住民の気持を踏みにじって,五輪は開催された。

 そんな暴力的なやり方で築かれた舞台の上で示される表現を,素直に受けとることはむずかしい。多様性のあり方や不公正への批判や,自分を信じる力や仲間を信じる力。選手の示すそれらの表現がどれも真摯(しんし)で全身全霊のものであることを,スポーツファンの私は疑わない。

 しかし,そのようなスポーツの示す価値が,表わされるそばから,「ほらね,五輪は素晴らしいだろ」とばかりに五輪の価値にすり替えられてしまうことに,スポーツを信じている私はひどく傷つき,怒り,苛(いら)立ち,消耗する。

 補注)しかもこのコロナ禍がもっと昂進中であり,いままでにない感染状況にもなっているなかで,五輪が開催中である。だから,本ブログ筆者は「五輪=誤倫」「オリンピック=オリンピック」だと書いてもいる。五輪憲章にことごとく反したこの大会の実際が,今回の東京オリンピックにおいてはとくに露骨になっている。

 五輪は,私たちのスポーツを信じる心を収奪し,自分たちの利益に変えてしまう。コロナ禍で強行開催された東京五輪は,化けの皮を剝ぎ取られて,そんな五輪の本質を露(あら)わにした。

 スポーツのもつ価値を奪って自分たちのものにし,たくさんの人を犠牲にする側面を隠すようにかぶせ,あたかも五輪だからこそ価値のあることが実現できたかのようにみせる。五輪はつねに,そのような横取りと粉飾を繰り返して成り立ってきたのだ。

 補注)そうしたおこないにたずわっている代表格の人物がバッハIOC会長であり,また,最近またぞろ,亡霊のように姿を現わしている森 喜朗前JOC会長である。そして,いままさに,五輪の横取りと粉飾を繰り返している人物が,ほかならぬ菅 義偉であった。

 d) 日本や世界の観客たち,医療従事者たちが,五輪を素直に受け入れられないでいることは,誰よりも選手が敏感に感じているだろう。人びとにみてもらうことが最大の存在理由であり,応援を力とする選手なのだから,その矛盾に心の中は引き裂かれていると思う。

 だからこそ,よけい必死になって,スポーツのもつ価値,自分たちが競技することで与えられる力を示そうと努める。とくに地元開催の日本の選手たちは,痛々しいまでに懸命だ。それは,差別への抗議行動と同様,自分たちの信じるスポーツを守ろうとする姿勢だ。

 開幕前に「スポーツの価値が問われる」と語っていた,女子サッカー岩渕真奈選手のカナダ戦やチリ戦でのプレーは,これまでとは別次元でチームのために無私となっていて,私はとても胸を打たれた。でもその姿は,強権的独裁的に五輪を開催してよかったのだという正当化に利用されてしまうのだ。そして,観客やファンと選手が分断される。

 あくまでも競技の中で意思表示するしかない選手たちに,五輪という舞台作りを根本から批判することはむずかしいだろう。結局は排除されるだけだから。

 e) でも,私が願うのは,現役中にむずかしいのであれば,せめて引退してから,スポーツファンにこんな苦しい思いをさせる五輪のあり方を変えるよう,努めてほしいということ。

 多大な犠牲と不公正の上でなり立っている五輪に参加した選手たちには,それを変える責任があると思う。この欺瞞(ぎまん)に満ちた五輪を支えてきた運営の責任者たちは,かつて栄光を誇った実績ある五輪アスリートたちばかりなのだ。ファンだった私はどれほど裏切られ,失望したことか。そんな惨めなありさまは,二度とみたくない。

 補注)ここで,この欺瞞(ぎまん)に満ちた五輪を支えてきた運営の責任者たちは,かつて栄光を誇った実績ある五輪アスリートたちのことをも指す。つまり,JOC五輪組織委員会会長の橋本聖子,JOC会長の山下泰裕などがその代表として挙げられる。しかし,政治屋の森 喜朗以下,どうみても筋肉脳しか頭部には収まっていないと判断されるほかない人たちばかりである。

 筋肉脳そのものも使い道がなく,だから絶対にいけないというのではない。ただ,JOCの幹部になったからには,即座に幹部脳にスイッチを入れ替えておく必要があった。しかし,彼ら・彼女らはもともと,残念ながらその幹部脳には恵まれていなかった。結局,そのままでもって,JOCの幹部になっていた。そのためにJOC内では,筋肉脳を転換できないままでいる人物が,その組織運営面においてはなんらかの患部となってしまい,逆機能を惹起せざるをえなかった。

 森 喜朗にしても山下泰裕にしても橋下聖子にしても,スポーツ精神にもとづく「なにもの」か,いいかえれば,その付近に関した哲学・思想に相当する考えを保有していない。JOCの幹部要員ならば,それなりにもってほしい〈人間的な雰囲気〉が全然感じられない。しかも,彼ら・彼女らのその頂点部分には,政治屋脳しかもちあわせない「あの菅 義偉」がいた。推してしるべしというべきか。

〔記事に戻る→〕 苦渋に満ちた東京五輪を経験した選手たちなら,スポーツを掛け値なく信じられるものにするよう,ファンや観客とともにあってくれると期待している。そして私たちスポーツの力をしっているファンも,一緒に最大限の努力をする準備はできている。(引用終わり)

 はてここで,その「最大限の努力」とは具体的になにを指すのか,本ブログ筆者にはよく理解できないことである。商業五輪にそうした努力を傾ける価値がありうるのか,むしろ,こちらの論点からさきに検討することが最重要に思えるが……。

 要は,「誤倫」性がきわまっていた「汚リンピック」というべき国際大運動会は,一度ご破算にしておき,これからあと10年くらいはじっくり議論をさせ,再出発する必要があるかどうかも含めて決めさせる余地がある。

 2020東京オリンピックの開催がコロナ禍のために1年遅れになっていたが,その間における時間の経過は,この国際大運動会のきわめつけ的な「バカらしさ・アホらしさ」を暴露させてしまう契機を提供してくれた。

 選手がたちがこの東京オリンピックで金メダルを取れたからいっても,通常の大会に比較的して考えてみたら,感覚的ないい方をすると,本当はその半分以下,もしかすると10分の1くらいの真価しかないのではないか? 

 要は,菅 義偉はこの誤倫大会を最大限に政治利用しつつある。それだけのことであった。「政治に悪用された2020東京オリンピック」という事後感を残すことになった。

 菅 義偉は大日本サーカス団の団長だったらしい? しかし,この団長,団員たちに対する給与(パン)の支払い(あてがい)がきわめてシブチンであった事実は,飲食店(営業自粛)に対する支援金支出の吝嗇ぶりにもっとも明確に表現されてきた。 

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