▼カと▼ホが睦み合い・噛み合う自民党総裁選,この候補者たちは国政というよりも自滅党のリーダーになりたいのか,国民・国家の繁栄・福祉はそっちのけの「連中ばかり」,いよいよ後進国の仲間入りがととのったこの国を本格的に3流にまで引き下げていく

 国政選挙でもないのにマスゴミは一斉に自滅党内部において実施される総裁選に大騒ぎ,本来「自由も民主も備えていない」政党(自民党)の総裁選を不必要に報道する異様な雰囲気,そんなミニ政争の舞台にわれわれの関心を奪われていたら,

 21世紀における日本の「国民・国家の安寧・発展」はとうていのぞめない,とりわけ自民党世襲議員たちが跋扈跳梁する国会議事堂に「日本政治の未来を期待することはできない相談」であったゆえ,いまとなってはガラガラポンして世襲政治屋を永田町から追放しないことには,日本の政治風土は永久凍土と化す

 

  要点・1 自滅党の総裁選の無意味さと有害性

  要点・2 誰がその総裁になってもなんら代わり映えしないし,「国家・国民に対する反動的な基本せいかく」にも変わりなし

  要点・3 日本経済の本質面に真正面から触れえない『日本経済新聞』のヌルさ加減


 「日銀緩和頼み,空転20年  黒田総裁『コロナ後も継続』『デフレ心理残る』」日本経済新聞』2021年9月9日朝刊1面・冒頭記事

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   『日本経済新聞』はなぜ,このような締まりのない記事を,それも1面の冒頭(トップ)記事としてとりあげ報道できるのか,不思議に感じる。

 黒田東彦日本銀行総裁は,居ても居なくても同じというよりは,ただ居るだけで,有害無益の以外のなにものでもなかった。その点でも2010年代に展開されたつもりであった「アベノミクス」に関しては,その「〈無機能的な有害性〉の御者」となる働きしか果たせなかった人物であった。

 「この人」を誰かほかの有為な人材に交代させえないでいる現状,つまり,日銀総裁としての幽霊性ならば存分に発揮してきた「この人」についてとなれば,今後における日銀を,分けても本当の幽霊屋敷にさせないためには,この幽霊の本体を日銀の敷地内から追放しておかねばなるまい。

 この種のインタビュー記事はもともと不要不急であったどころか,日本経済の “安心安全” にとってなんの意味がなかった。むしろこれからは,アベノミクスの担い手代表であったはずの人物:日銀総裁黒田東彦総裁が,21世紀の日本経済史のなかでは,安倍晋三の伴走者(パートナー)として最悪の役割を果たした事実だけならば,きっと特筆大書される。

 ① のこの記事は最初に,こう書いていた。

 日銀の黒田東彦総裁は日本経済新聞のインタビューで「デフレの影響が人々のマインドセット(思考様式)に残っている」と述べ,粘り強く大規模な金融緩和を続ける考えを強調した。

 

 米欧の中央銀行はインフレ懸念から緩和縮小を探りはじめたが,物価低迷が続く日本は蚊帳の外だ。2020年前の量的緩和開始から緩和策を続けるものの「低温経済」から抜け出せていない。賃金の停滞など本質的な問題解決を急ぐ必要がある。

 この黒田東彦(くろだ・はるひこ)は,いったいいつから日銀総裁を務めてきたのか?  第31代日本銀行総裁としての任期は「2013年3月20日~2023年4月8日」と紹介されている。安倍晋三の第2次政権が成立・発足したのは2012年12月26日であったが,黒田は,前任者の白川方明(しらかわ・まさあき)を押しのけるようにして,日銀総裁の椅子に付いていた。

 補注)白川方明は第30代日本銀行総裁の任期を,2008年4月9日~2013年3月19日に務めていたが,安倍晋三の意向によって黒田に交代させられていた。

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 さて,この ① の記事は,上(   )の「日本の賃金は伸び悩んできた」と題する図表を,いくつかの先進国と比較対象するかたちで,かかげていた。この日本の労働者に関するこの「賃金指標のひとつ」は,その後において低迷(低減)しつづける趨勢しか示していなかった。

 それでも,安倍晋三が第2次政権に復帰したあと,この〈子ども宰相〉は得意になってだが,前政権を運営していた民主党に向かい,つぎの ② のごとき罵詈雑言を放っていた。

 

 「悪夢のような民主党政権」から「悪のような安倍晋三自民党政権」へ

 「悪夢のような民主党政権」とは安倍晋三前首相の常とう句だが,いま,私たちの眼前には新型コロナウイルスの感染抑止に手間取る「悪夢のような菅 義偉自民党政権」が横たわる。批判が自身に跳ね返っている。

 註記)「〈社説・コラム 私説・論説室から〉悪夢のような…」『東京新聞』2021年1月18日 07時28分,https://www.tokyo-np.co.jp/article/80515

 コロナ禍の問題が2020年初春に発生した。この時が来るまで日銀総裁黒田東彦を〈手先〉に使い,日本経済の活性化を狙ったはずのアベノミクス-その実体はアホノミクス・ウソノミクス・ダメノミクス-は,安倍晋三が首相として7年と8カ月もの長期間を担当してきたけれども,「悪魔のような前・民主党政権時代」とあしざまに批難していた日本社会経済のありようを,もっとヒドイ水準にまで後退・沈下させていた。安倍自身はアベノミクス「でも」失敗していた。

 要は天に唾する駄言・贅言をさんざんに,それこそゲロを吐くように散布してきたアベノミクスの末路は,現状のごときコロナ禍に遭遇させられた段階に至っては,お尻の穴のなかまでも透けてみえるほどにそのデタラメさ加減が明白になっていた。

 それでも,いまもなお日銀総裁の椅子に座っていられる黒田東彦は,自分の公的な役割に関しては図々しい無神経ぶりを誇ってきた。その厚かましさについては多少感心させられる面があるとはいえ,基本的には軽侮の対象にしかなりえない。

 ところで,われわれは,① に出してあったその「日本の賃金は伸び悩んできた」と題した図表からなにを読みとっておけばいいのか。つぎに分かりやすいその一例を記述してみたい。

 日本政府観光局(JNTO)が公表している訪日外客数(総数)は,以下のようになっていた。なお( %)は前年比伸び率である。

  2012年       8,358,105人(  34.4%) 〔12月26日に政権交代
  2013年    10,363,904人(  24.0%) 
  2014年    13,413,467人(  29.4%) 
  2015年    19,737,409人(  47.1%) 
  2016年    24,039,700人(  21.8%) 
  2017年    28,691,073人(  19.3%) 
  2018年    31,191,856人(   8.7%) 
  2019年    31,882,049人(   2.2%) 
  2020年      4,115,828人(-87.1%) 
           〔1月から新型コロナウイルス問題発生,9月16日菅 義偉政権発足〕
     2021年7月まで  147,400人(-96.3%)

 前掲の「日本の賃金は伸び悩んできた」という統計図表にかかわっていえば,この間において日本に来た観光客の口からよく出ていたる文句が「日本は物価が安い!」であった。

 「購買力平価」という経済用語があるが,過去のとくに20年ほどの期間において,日本の労働者・サラリーマンたちの賃金は,どうみたところで趨勢的・平均的に低迷させられてきた。

 そうした経済事実を裏返し的にした関係で端的に教えたものが「外国人観光客が日本はなんでもモノが安い」という感想であった。いままで,ただ単に外国人観光客の増加傾向に喜んでいたとしたら,われわれ自身の生活水準がいつまでも経っても,世界各国の趨勢・傾向から落ちこぼれていった事実を,まともに認知し,理解することができない。

 日銀が総裁まで入れ替えて指導してきた経済政策は, “アベノミクス” などと僭越にも名のって登場させられていた。けれども,なんら具体的な成果を挙げることもなく,日本経済の沈滞化を継続させてきた。

 補注)このところ自民党総裁選があるという状況のなかで,その候補として名のりを挙げた高市早苗に関してだが,早速 “サナエミクス” という用語がマスゴミ界に流されている。この極右の国家社会主義独裁党的な主義者が,どうして田植え機みたいな名称にさらに「ミクス」を蓑虫みたいにまとって出てくるのか,不思議さを超えて奇怪そのものである。

【参考記事】

 

  21世紀となると日本の首相は,「第87-89代」(2001年4月26日~2006年9月26日)を自民党小泉純一郎が担当していた。この時期にあっては,前世紀の1990年代後半には目立ちはじめていた日本の労働経済状況の劣性化が顕著になった。

 いわゆる非正規労働者層が急速に増加しだす時代に移行していった。ここに「確定的な悪者である政治屋」として登場していたのは,竹中平蔵であった。「政商」ではないかと悪評のある竹中は,小泉純一郎政権のもとで,つぎのような役職に就いていた。

  2002年9月30日~2004年9月27日  内閣府特命担当大臣(金融担当)

  2001年4月26日~2005年10月31日  内閣府特命担当大臣(経済財政政策)

  2005年10月31日~2006年9月26日  第6代総務大臣

 この竹中平蔵の大臣経歴は,日本の産業経済や労働経済を,ある意味で彼が「某大国の手先」となって破壊する仕事を物語っていた。もうすぐ首相の座を降りることになっている菅 義偉は,自分の経歴のなかに「2005年11月2日~2006年9月26日」を総務省副大臣として竹中の部下として過ごした期間をもつ。

 この国(「美しい国」と安倍晋三がとなえるそれ)は,実は,彼らのようなエセ政治家,つまり政治屋の手によってさんざんに破壊されてきた。そして,日銀総裁黒田東彦安倍晋三政権のもとで日本経済の舵取りをしてきた様子は,無為・無策・無能であると同時に,これまでの仕事ぶりに照らして評価すると,有害でなければ逆効果であるものしか,残していない。


  21世紀に希望を全然もたせてくれない「自民党総裁・ドタバタ候補者」の与太っぷり

 コロナ禍について「残念ながら第6波も来る。来ない理由ないと断言するのは,大阪大大学院の忽那賢志(くつな・さとし)教授(感染制御学)である。

 註記)「大阪の臨時医療施設『避難所に近い』 運営を指揮,忽那教授インタビュー」『朝日新聞』2021年9月11日朝刊33面「社会」。

 自滅党(正式名は自由民主党の菅 義偉)政権下,新型コロナウイルス感染症ワクチン接種推進担当大臣を2021年1月18日から担当してきた河野太郎は,このたびの自滅党総裁選に出馬しているが,いままでワクチン接種推進担当大臣として働いてきた言動には,多々「変人・奇人」ぶりが反映されていた。

 この河野太郎と来たら,原発廃絶論者であったはずが,総裁選に出馬する段になると,つぎの記事のように「安全な原発は再稼働」させるといいだした。

 河野太郎は自著『原発と日本はこうなる  南に向かうべきか,そこに住み続けるべきか』講談社,2011年11月をもっていた。本書の広告用の宣伝文句は,こう謳っていた。

 東日本大震災のあと,テレビも新聞も原発族議員も,すべて東京電力擁護に動くなか,ブログを発信地にネット上から世論を変え,反原発の流れを作った著者――15年間に及ぶ「原子力マフィア」との闘いのすべてを記録し,近未来の日本国の姿を予言する。

  要は「安全な原発」とはいかなる定義をもっていわれるべき概念なのか,例の「原発安全神話」に対してどのように区分・識別できるのか? いまのところ,河野太郎自身はその点を説明していないし,その「安全な原発」を自分なりに定義づけし,他者を納得させることもできていない。

 「安全な原発」という表現は当然「安全でない原発」も配慮すべきそれだと思われるが,ともかく,本来は原発廃絶論者であるはずの河野太郎君は,自民党総裁選に出馬した瞬間,このように,きわめて不確定的かつアイマイな原発の「安全観」がありうるかのように語りはじめた。

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 河野太郎君が自民党総裁選に挑むために,もともとの立場である原発廃絶論を「自身の政治家としての信念体系」のなかで凍結させたのは,安倍晋三政権のもとで「外務大臣」職(2017年8月3日~2019年9月11日)に就いた時であった。河野はつづいて,防衛大臣にも就いていた(2019年9月11日~2020年9月16日)。

 事後4年が経過した。さように河野太郎君の「原発廃絶論」は,結局,いとも簡単には溶融しはじめていた。いまでは「完全な原発は再稼働」させていいなどと,「食言」に相当する発言をし,「原発問題」に関する基本的な態度を変質させた。

 ⇒「河野太郎の関連ブログ」   ごまめの歯ぎしり | 衆議院議員 河野太郎公式サイト

 河野太郎は,以前の『Blog ごまめの歯ぎしり』のなかでは,原発廃絶に関する議論・主張を盛んに展開していた。けれども,自滅党の総裁選に出馬すると,「安心な原発」などといいだした。こうなると河野は,原発推進論者と自分とを明確に区分する一線をもはや失った。

 どうということはなかった。河野太郎も単なる世襲3代目として政治屋であって,それも「大臣病を首相病にまで」「その〈病状:権力欲〉を深めた」1人であったに過ぎない。

 対・コロナ禍では菅 義偉が「安心・安全」ということばをはやらせたが,その中身はカラッポである以上に,ただの「詐欺的な言上」でしかありえなかった。

 河野太郎の口にした文句「安全な原発」というものに関していえば,東電福島第1原発事故を起こす以前の,この原発も確かに非常に「安全なのだ」といわれていた。このあたりの区別はどう説明できるのか,明確な答弁がほしいところである。いまの原子力規制委員会の見解とは別に,河野なりに答えてほしい論点である。

【参考記事】

 

 「〈大機小機〉回復鈍い日本経済,2つの懸念」日本経済新聞』2021年9月11日朝刊11面「マーケット総合」

このコラム大機小機の記事は,黒田東彦君や河野太郎君の担当してきた仕事に大いに関係する発言をしている。  

 日本経済の回復に遅れが目立ってきた。そこには2つの異なる懸念がある。

 ひとつは循環的な景気回復の遅れだ。4~6月に欧米が高い経済成長を記録するなか,日本は低成長にとどまった。ワクチンの遅れによると考えた政府はワクチン接種を急ぎ,キャッチアップはかなり進んだ。しかし,不幸にも感染力の高いデルタ型の広がりから感染拡大は止まらず,緊急事態宣言の繰り返しを強いられた。

 補注)黒田東彦君は,コロナ禍と日本経済との関連を,いったいどのように分析,理解しているのか聞きたいところであるが,本ブログ筆者のしりうる範囲内では皆目見当すらつかないでいる。

 7~9月も欧米との景気回復スピードの格差は続くだろう。いまでも日本の人口当たり感染者数がとくに多いわけではないから,これは医療の対応力の格差によるものだ。当初から指摘されてきた弱点を1年半以上たっても克服できなかった結果である。

 とはいえ,この点を過度に悲観する必要はなかろう。ワクチン接種が人口の8~9割に達すれば,さすがに感染も収まるはずである。年末までには経済のV字回復があるかもしれない。

 補注)ここの理解はコロナ禍に対する基本認識としてはすでに「間違い」になっている。このコラムの執筆者は,いままでもすでにたくさん報道されている関連の記事に接していないのか?

 たとえば「接種率78%『イスラエル』で死亡者増加のなぜ 『集団免疫』の勝利から一転,ロックダウンも」『東洋経済 ONLINE』2021/08/24 4:30,https://toyokeizai.net/articles/-/450304(元記事は The New York Times)という記事が出ていた。

〔記事に戻る→〕 むしろ問題はその先だろう。過去30年,日本は大きなショックに見舞われるたびに成長力を低下させ,現在の長期停滞に至った。新型コロナウイルス禍の後も,同じことが繰り返されるのではないか。

 兆候はいくつもみられる。たとえば企業部門における債務と流動性の積み上がりだ。債務の増加は,飲食・宿泊業などへの救済融資の結果であり,今後はその返済が懸念される。

 一方,流動性の増加は,予想外に業績が急回復した製造業などが投資や雇用より流動性の積み上げを優先した結果である。バブル崩壊後やリーマン後の経験に顧みれば,いずれも将来の成長の足かせとなりうることが分かる。

 もちろん,今後の成長の方向性はデジタルとグリーンにあり,政府も成長戦略の柱にかかげるとおりだ。しかし,日本企業のデジタル化は周回遅れといわれ,いまだにデジタル化の目的を業務構造の改革ではなく,業務プロセスの効率化に求める企業がほとんどである。グリーン戦略に至っては,2050年脱炭素などかけ声ばかり勇ましいが,エネルギー基本計画の改定案などをみれば実現性に乏しい数字合わせにとどまっている。

 コロナ禍で日本政府の能力の劣化をみせつけられたことも考えると,短期の景気が回復に向かっても,先行きを楽観できない。(引用終わり)

 このコラム記事が五輪開催の問題に一言も触れていない点は奇妙に感じる。五輪に用立てしてきた政府や都政の予算枠(すでに3兆円以上,最終的には4兆円にまでなる)が,もしもコロナ禍対策に転じられるとしたら,その様相はだいぶ変わった可能性があった。だが,このような問題意識は最初から埒外であった。

 議論をするさい,それに不可避にしかも深く関係する基本的な要因を除外あるいは切り落としたままでの立論は,説得力を欠くほかない。なにをなんのために議論したかったのか,前提条件で欠落や視野狭窄に制約を残す議論ではまずい。学識や教養があるところを披瀝したい小文であっても,最低限は維持・確保しておいてほしい水準・範囲に疑問が出るようでは,まだ書かないでいたほうがよほどマシである。


  自民党総裁選などは些事,いまの日本は瀬戸際なのに,安倍晋三麻生太郎や甘利 明たちが徘徊する政界は「日本国破壊者たちの巣窟」になりさがった

 以下:末尾には,最近の新聞記事から適当に拾った記事を列記的に並べておく(ただし,『東京新聞』と『毎日新聞』からのみ取りだしている)。リンク先(住所)がかかげられているので,興味ある方はここからさらにその内容をのぞいてみてほしい。なお有料記事になっているものは,途切れる段落までを読むだけでも,趣旨は判読できると思う。

 2021年9月7日,フランスの仏俳優「ジャン=ポール・ベルモンド」が享年88歳で死んだという報道があった。映画『勝手にしやがれ』や『リオの男』などで活躍した有名な俳優であった。しかし,いまの日本の政治にこの文句「勝手にしやがれ」などとつぶやいたりしたら,日本国はの21世紀の早いうちに自爆し,轟沈するかもしれない。そういう不安が払拭できない最近である。

 前にもこういってみた。自滅党の総裁選に立候補している連中ときたら「帯に短したすきに長し」どころか,「鉢巻きにさえ使えない」程度の小物あるいはガラクタ議員ばかり……。

 日本の政治のこれからは「右も左も  真っ暗闇では  ございませんか」? なぜかっていうと,彼奴らは「右をみても左を向いても  莫迦と阿呆のからみあい」ばかりですから……。

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