従軍慰安婦問題の本質(1)

              (2015年5月20日,更新 2021年9月18日)

 従軍慰安婦問題に関する歴史的理解のイロハすらよくしらずに語りまくる多くの人びとがいる,従軍というコトバを取りのぞき慰安婦だけにしたところで,従軍慰安婦問題の歴史が抹消できることはない

 補注)この記述を書きはじめてみたが,以下の「前論」部分じたいがだいぶ長くなってしまったので,本日の記述として復活・再掲を意図していた,もとの旧ブログ:2015年5月20日(など)の関連する記述は,この記述の「その2」以下を設けて続編を構成することにし,そちらにまわした。

 

  要点・1 旧大日本帝国陸海軍における従軍慰安婦問題-具体例を語ったある本の内容-

  要点・2 旧日本軍兵士にとっては常識,戦時中における朝鮮人慰安婦などの存在は,兵舎や戦場においては日常的な風景の一部であった

 補注)国連人権委員会に採択されたマクドゥーガル報告書では慰安婦の総数を20万人以上としている。数値の根拠には,1965年11月20日自民党議員荒舩清十郎が選挙区の集会で発言した「朝鮮の慰安婦が14万2000人死んでいる」を引用しているが,アジア女性基金はこの慰安婦の数値は荒船議員が勝手にならべたものであり,これが根拠とされることは遺憾だとしている。 

 註記)「荒舩清十郎」『用例.jp』 http://yourei.jp/新舩清十郎

 

 前段の文面における新舩清十郎の発言については,旧大日本帝国軍における従軍慰安婦の員数をより正確に把握しるためには,その発言のまだ足りなかった段落を再現すると,こうなる。

 

 旧大日本帝国時代,朝鮮人は「徴用工に戦争中連れて来て成績がよいので兵隊にして使ったが,この人の中で57万6000人死んでいる。それから朝鮮の慰安婦が14万2000人死んでいる。日本の軍人がやり殺してしまったのだ」。

 

 この新舩清十郎の発言録は,この国会議員だった人物がかなり個性豊かであっただけに,あくまで例外あつかいしたがるその後の〈観察・措置〉がなされてきた。要するに,従軍慰安婦問題の本質は彼女らが「〈軍事物資〉と同じ」にあつかわれていた事実にみいだせる。

 

 そうであるならば「従軍」というコトバは「旧大日本帝国軍の従軍慰安婦」の場合,ひとまず不要でありえたのかもしれない。しかし,問題はそれでゴマカして済まされる性質ではなかった点において,より深刻な歴史問題となっていつまでも消せずに,21世紀においても重大な話題として引きつがれていくほかない。

 

 「前論・安倍晋三の祖父岸 信介が加計孝太郎と骨相的にとてもよく似ているのは偶然ではなかった?

 前川喜平・前文部科学省次官は「加計学園問題」に関した発言をめぐり,一気に話題の人となった。「あったことをなかったことにはできない」と述べたのである。その加計学園問題とは,愛媛県今治市における加計学園グループ岡山理科大学獣医学部新設計画をめぐる問題であった。2017年3月13日,参議院予算委員会社民党福島瑞穂がこの疑惑に関し質疑した事で国会で論戦が始まった。

 文部科学省は長年獣医学部の新設を認めていなかったところへ,2017年,安倍内閣によって国家戦略特別区域に指定された今治市で,岡山理科大学獣医学部新設を申請すれることになった。このとき,この今治市ありきで獣医学部の新設が進められたのではないかという疑惑がもたれ,関係者の調査がおこなわれた。ほぼ同時期に問題になった森友学園問題と併せて,「モリ・かけ問題」と俗称された。

 その後も安倍晋三が首相であった時期には,さらに「桜問題」「河井案里問題」など政治疑惑,権力者による国家行政の私物化問題の絶えないこの前首相は,通常時ならば内閣総辞職あるいは刑法上の嫌疑をうけて拘束されるべき事件に相当する行為を,なんども犯しつづけてきた。ただ「自民1強内閣」だという政治情勢(力関係)が長期間にわたり継続されているために,幸運にもアベ君は逮捕されるうきめには,まだ遭っていないだけの話題であった。

 安倍晋三加計学園理事長の加計孝太郎は実は「異母になる2代間差・血縁の兄弟」ではないかという巷での裏情報もあるが(一方のタネ親はもちろん安倍晋太郎だが,他方のそれは岸 信介といわれている),これがいちがいにガセネタだといった「反論」を許さない現実味があった。いってみれば「事実は小説よりも奇なり」の実例ではないかとまで思わせる。

 つぎの画像3点はネット上の転がっているものから拾ったものである。前段の推論が伊達でも酔狂でもないと思われるほどに,「事実」に関する情報を現実的に想像させてやまない画像だと想定できる。

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  付記)左が加計孝太郎,右が安倍晋三

 

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 付記)岸 信介が「加計孝太郎の父親」だという推測がなされうる。安倍晋三は岸の娘:洋子の息子で信介の孫に当たる。安倍晋三は1954年生まれ,加計孝太郎は1951年生まれで,岸 信介は1986年生まれである。1950年だと岸が64歳,生殖能力なしとはいえない 年齢関係。 

 

  「前論・従軍慰安婦ということばをなくしたいのは,あまりにも「歴史の事実」である記録が明々白々であったからで,いわゆる「しらを切る」という典型的な一例

 文部科学省次官まで務めた前川喜平は,加計学園問題で,一気に話題の人となった。内閣官房によるデッチ挙げ記事が,『読売新聞』2017年5月22日朝刊31面に掲載されたことは,あらためて指摘するまでもなく,多くの人びとの記憶に残っているはずである。

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 その前川喜平加計学園問題に関して,けっこう有名になったつぎの文句を吐いていた。すなわち「あったことをなかったことにはできない」と,ある会見で明確に指摘した。前川は退官後に『面従腹背』と題した自著を公刊していた(毎日新聞出版,2018年6月)。

 官僚時代の仕事に対する姿勢について前川喜平は,自分は上司に対しては面従し,腹背はしてきたものの,けっして嘘・偽りをする仕事はしなかったという信念をもって,生きてきたという。

 という事情があって,『読売新聞』2017年5月22日朝刊31面にデッチ上げが99.99%を占めていた,それも180%くらいは「前川喜平を貶めるためになされた〈陰謀的な報道〉」は,それでなくとも落ち目であった新聞紙業界に対して,結果としてかなり好ましくない影響を与えた。

 日本における新聞購読者は以前から顕著に減少してきた。そこに,『読売新聞』が自社の特性であった「ゴミ売り新聞」性を発揮したかたちで,そのでっち上げ記事をわざわざ制作し,しかも得意げに報道した。ところが,新聞紙業界に顕著になっていた凋落傾向が,さらに拍車をかけられる始末にあいなっていた。

 

 「前論・読売新聞社が2014年の出来事であったが,『朝日新聞』「従軍慰安婦問題」への安倍晋三政権による非難・攻撃を受けて,これに大いに悪乗りした結果,新聞業界にはどのような影響が降りかかっていたか

 2021年3月度のABC部数が明らかになった。それによると,朝日新聞は年間で約44万部を失った。また,読売新聞は57万部を失った。新聞部数の減少傾向に歯止めはかかっていない。

 

 中央紙5紙の部数は,つぎのとおりであり,軒並みに減少傾向が目立っている。なお〔 〕内の%は,減少率である。それほど多きな差がなく,各社ともに減少している。

 

   朝日: 475万5806(43万5614)部 〔  9%〕
   毎日: 200万9556(28万7102)部 〔14%〕
   読売: 715万4983(57万2627)部 〔  8%〕
   日経: 188万0341(21万9472)部 〔11%〕
   産経: 121万6588(12万5165)部 〔10%〕

  註記)「2021年3月のABC部数,朝日は年間で44万部減,読売は57万部減」『KOKUSYO』2021年05月17日,http://www.kokusyo.jp/oshigami/16329/

 補注)一般社団法人日本ABC協会は,新聞,雑誌,フリーペーパー等の発行社からの部数報告を公査し,その結果を公表する活動を行う業界団体。 

 なお『読売新聞』は,2014年に安倍晋三(当時首相)が『朝日新聞』に対して「従軍慰安婦問題」(「誤報」だと牽強付会にみなした材料)をネタに,暴力団に負けないような権柄尽くでの凶悪的な方法を使い,それも国家権力の立場をもって全面攻撃をおこなった。そのさい,安倍晋三の尻馬に乗ったかっこうで『朝日新聞』潰しを欲望し,実際に新書判の本まで刊行しては勢いよく,『朝日新聞』憎しの感情を丸出しにする攻勢をしかけていた。

 だが,その読売新聞社のはしたないやり方は逆効果になっていた。かえって新聞購読者の減少傾向に拍車をかける結果を惹起させていたのは,皮肉のかぎりであった。前川喜平に対して国家権力が,ゴミ売り新聞にガセネタを提供してデッチ上げ記事を書かせた件は,安倍晋三政権側にとっても読売新聞社にとっても,限りなくみっともなく,恥ずかしい行為になっていた。これからもたびあるごとに,その事実は機会あるごとに必要に応じて回顧されつづけるに違いあるまい。

 

 「前論・-大手紙業界で他社の足をひっぱり,自社も自沈していく読売新聞社となった『ゴミ売り新聞』ぶり

 読売新聞編集局『徹底検証 朝日「慰安婦」報道』中公新書ラクレ,2014年9月という本が出版されていたが,「当時における読売新聞社」が異様なまで意気ごんで実行した朝日新聞社「叩き」は,ある週刊誌の記述も引用して書かれたあるブログが,つぎのように描写していた。

 註記)以下は,「読売新聞,朝日の慰安婦報道検証で攻勢 チラシを各戸配布(追記あり)」『edgefirstのブログ』2014-09-02,https://edgefirst.hateblo.jp/entry/2014/09/02/205328

※-1(追記:2014/9/10

 〔2014年〕9月8日に発売された『週刊現代』に,〔『読売新聞』の〕販売店関係者の声が載っていた。上記の「朝日を購読している家庭にもポスティングされていた」という情報を裏付けるものであり,チラシが本社の負担で印刷・配送されたものであること,読売が「千載一遇のチャンス」とみなしていることなのが読みとれる。

 

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 これまで,「朝日=信頼のおけるクオリティ・ペーパー」と信じていた読者が,今回の騒ぎで急速に離れはじめている―これをチャンスとみているのが,ライバルの読売新聞だ。読売の販売店関係者は語る。

 

 「販売店には読売本社からさまざまな業務連絡が来るのですが,8月20日付の連絡では『今月のポイント』の欄で『A紙作戦,千載一遇のチャンスです』と強調されていたんです」。

 

 ここでいうA紙とはほかでもない朝日新聞慰安婦問題で躓いた朝日から読者を奪って,販売を拡張しようというわけなのだ。その業務連絡の内容がなかなかえげつない。販売店関係者は続ける。

 

  「朝日批判のリーフレットを全額本社負担で刷ったので,読売読者の家のほかにも,地図データでわかるかぎりの朝日読者や,元読売の読者の家にばらまけ,というんです。読売の読者センターにも朝日批判の電話がかかってきて,乗りかえたいという声が多いようです。読売本社の販売部からは『A社やA販売店が一番苦しい時に徹底的に攻撃を仕かけましょう!」といわれています。(『週刊現代』2014/09/20号「慰安婦報道でライバル・読売が大攻勢! 『朝日新聞』の憂鬱」より)

 ※-2(追記:2014/9/27

 さらに新しいパンフレットを制作し,各世帯に配っていることがわかった。20ページにもおよぶ大作で,朝日新聞慰安婦報道の問題点を「何が報じられたか」「何が起きているか」「何をなすべきか」の3章に分けて解説。

 

 最終章では「真実を知ることが解決の第一歩」とし,今後「明らかになった真実を国内外に発信すること」を読売新聞が責任もっていっていくことが宣言されている。また,この問題に関する新書を緊急出版し,新規読者や試し読み読者にプレゼントすることもおこなっているようだ。


                  
 紙面やウェブサイト,各戸配布チラシなどでここまで大々的に攻勢をかけているのは,やはり部数減少に対する懸念があるのではないか。ABC部数を調べると,2011年から2013年にかけてほぼ10万部減少(ただし11月のみ1000万部回復)という,他紙とそれほど変わりない減少幅で来ていたのが,今〔2014〕年に入って減少ペースが急加速。(後段に関連の図表が出ている)

 

 〔それが2014年〕4月には前月比20万部減の948万部,7月には925万部まで落ちこみ,6カ月連続の減少となっている。前年同月と比較して約60万部もの減少であり,神戸新聞の全部数(58万部)に匹敵する部数の減少が報告されたことになる。ついに販売店が発行本社からの目標達成のための数字を支えきれなくなったのでは,と思わせる落ちこみぶりだ。

 ちなみに,以上の引用・記述の最後に添えられていたのが,つぎの画像や図表であった。自社の不満・不安までもついでに,他社の問題にこじつけ,その標的にすりこませて「まぎらす」かのような,つまり「業界内だけでのずいぶんとケチ臭い,しかも,あだ後ろ向きになっての購読者分捕り・獲得抗争」の構図が浮かんでみえる,という印象しか抱かせなかった。

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 以上の話題は,2014年夏からしばらく(数カ月)の間つづいたものであった。しかし,いまではそれから7年もの時が経過した。現在は,新聞業界の低落傾向に歯止めがかかるみこみがない「ネットの時代」になっている。

 読売新聞社は「従軍慰安婦問題」を毛嫌いしつつ,自紙の販売競争に悪用したあまり,自社の首をみずから締め上げる行為にはまっていた。その「後遺症」はその後もてきめんに効いていく。

 つぎの図表をみたい。なぜか2014年は,読売新聞社朝日新聞社の「従軍慰安婦問題の」で,安倍晋三に苦しめられる以前の段階から,販売部数を減少させはじめていた。他紙も基本的には同様な傾向にあったとはいえ,この腹いせもあって『読売新聞』は『朝日新聞』への攻撃に力がこもっていたのかと推理させる。

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 もっとも,この種の「マイナスの逆作用効果」は,ゴミ売り新聞社が本来狙っていたところの「もの:相手」からは離れてしまい,確実に異なった領域において現われた。それこそ,こちらにおいて,その負的な効果が「てきめんに効いてくる」顛末をもたらしていた。つまり,「時代の大きな流れ」にかかわる要因(新聞業界の退潮傾向)に,その会社を挙げての行動がさらに悪い影響をもたらしたのである。。

 ということで,2021年7月4日の『東洋経済 ONLINE』』記事から,つぎの図表を参照しておく。

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 「前論・-2021年9月の「従軍慰安婦問題」関連記事

 「本日」は2021年9月18日である。1931〔昭和6〕年のこの日,旧大日本帝国陸軍が「満州事変」を起こしていた。この「満州事変」は,6年後の1937〔昭和12〕年7月7日に始まる「日中戦争(シナ事変)」へと連続する意味をもつ前哨戦であった。

 さて,今〔9〕月の9日であったが,「従軍慰安婦問題」に関連する出来事が,つぎのように報道されていた。それは『朝日新聞』朝刊と『日本経済新聞』夕刊の各記事であったが,以下の段落に引用することにしたい。

 さらに本(旧)ブログが書いていた2015年5月中の記述を,つづけて再掲・復活させたかったのだが,ここまで書いてきた「前論」そのものの各段落がすでにだいぶ長くなってきているゆえ,この記述では「前論」の部分だけにかぎっておく。

 補注)ということで,本(旧)ブログのその「2015年5月」の記述の再掲・復活は,明日以降になる。

 ◆-1「『従軍慰安婦』の記述変更  教科書3社,政府答弁受け」『朝日新聞』2021年9月9日朝刊30面「社会」

 「従軍慰安婦」という用語について「誤解を招く恐れがある」などとする答弁書を政府が閣議決定したことを受け,中学社会,高校地理歴史,公民科の教科書を発行する3社から教科書計10点の記述計11カ所について訂正申請があり,承認したと文部科学省が〔9月〕8日発表した。「従軍」の記述を削除する社や,記述は残したまま政府見解を併記する社など,対応は分かれた。

 政府は〔2020年〕4月,「『従軍慰安婦』または『いわゆる従軍慰安婦』ではなく,単に『慰安婦』という用語を用いることが適切」との答弁書閣議決定。一方,「いわゆる従軍慰安婦」という用語を使った1993年の河野洋平官房長官談話は「継承」する立場も記した。文科省は5月,教科書会社20社近くを対象に説明会を開き,訂正申請は「6月末まで」と示すなどしていた。

 文科省によると,山川出版社実教出版清水書院の3社から6月末に訂正申請があり,〔9月〕8日承認した。

 山川出版社は,現在使われている中学社会科や高校の日本史の教科書にある「いわゆる従軍慰安婦」という記述をなくしたり「従軍」を削ったりした。一方,清水書院は来年度から高校で使われる「歴史総合」の教科書で,「いわゆる従軍慰安婦」の記述は残し,注釈に「日本政府は,『慰安婦』という語を用いることが適切であるとしている」との政府見解を付記した。

 戦時中に朝鮮半島の人びとを日本で働かせたことを「強制連行」と表現することについても,政府が「適切でない」との答弁書閣議決定しており,これらの3社と東京書籍,帝国書院の計5社が,「徴用」「動員」などと計28点で計53カ所の記述を訂正した。(引用終わり)


 ◆-2慰安婦記述訂正,文科省が承認 教科書会社が削除や変更」『日本経済新聞』2021年9月9日夕刊,https://www.nikkei.com/article/DGKKZO75594030Z00C21A9CE0000/(なお,同紙の『夕刊・電子』最終版には該当記事がみつからず,ここでの引用は『日本経済新聞』の当該夕刊「紙面(筆者のスクラップ)」からのものとなる)

 文部科学省は〔9月〕9日までに,慰安婦問題や第2次大戦中の朝鮮半島からの徴用をめぐる教科書の記述について,教科書会社5社から「従軍慰安婦」「強制連行」との記述の削除や変更の訂正申請があり,8日付で承認したと明らかにした。現在使用されている教科書の他,来春から使われるものもある。

 政府は〔2021年〕4月,「従軍慰安婦」という表現は誤解を招く恐れがあるとして,単に「慰安婦」とするのが適切とする答弁書閣議決定朝鮮半島から日本本土への労働者の動員を「強制連行」とひとくくりにする表現も適切でないとした。

 5社は山川出版社,東京書籍,実教出版清水書院帝国書院。教科書は,中学社会1点と,高校の地理歴史26点,公民2点の計29点。

 「従軍慰安婦」では,多くが「慰安婦」に変更。山川出版社の「中学歴史 日本と世界」は「いわゆる従軍慰安婦」の部分を削除した。清水書院は「いわゆる従軍慰安婦」との記述を維持したうえで,注釈として「政府の談話などを含めてこのように表現されることも多かったが (略) 現在,日本政府は『慰安婦』という語を用いることが適切であるとしている」を追加した。

 「強制連行」「強制的に連行」では,「強制的な動員」としたり,「徴用」としたりした。教科書検定基準は,閣議決定などで示された政府の統一的な見解にもとづいた記述にすると規定している。(引用終わり)

 以上のごとき,日本政府が閣議決定にもとづき,従軍慰安婦問題という用語から「従軍というコトバを削除した政治の行為」は,「歴史の事実」抹消に相当する。ここでは反論のために以下の文献から引証をしておく。

 ※-1 島田俊彦関東軍-在満陸軍の暴走-』講談社(学術文庫),2005年(初版は1965年)は,従軍慰安婦問題の歴史に関して,こう説明していた。1941〔昭和16〕年8月時点に関した記述である。

 このとき,すでに北満には約70万人の兵力,馬約14面,飛行機約6百が集中されていた。作戦準備のため,満洲,朝鮮に集められた作戦資材は,その後何回か南方や内地に転用されたにもかかわらず,終戦のとき,全量の約5割が残るほど莫大だった。

 

 原善四郎参謀が兵隊の欲求度,持ち金,女性の能力等を綿密に計算して,飛行機で朝鮮に出かけ,約1万(予定は2万)の朝鮮女性をかき集めて北満の広野に送り,施設を特設して “営業” させという一幕もあった(同書,221-222頁)。

 島田俊彦のこの著作『関東軍-在満陸軍の暴走-』が「歴史の事実」をありのままに語っていたとすれば,21世紀の現政権が閣議決定で以上のごときに「過去の現実」をいいかえさせたところで,「歴史の真実」を変更できるわけがない。

 「三猿」たちが全匹,「頭隠して尻隠さず」をするかっこうにソックリである。

 島田俊彦は「現代日中関係史」を専門とする歴史学者であるが,政治家の中曽根康弘が旧帝国海軍主計将校だった時期,従軍慰安婦の動員にかかわった体験について,こういうふうに自慢げに回想するかたちで,また別の場面における従軍慰安婦の要員調達を語っていた。

 3千人からの大部隊だ。やがて,原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために,私は苦心して,慰安所をつくってやったこともある。……。私の心は不思議にすがすがしかった。それは,毎日,死と直面した生活のなかで,私が悟った貴重な教えがあったからである。

 註記)中曽根康弘「23歳で3千人の総指揮観」松浦敬紀編著『若い世代へ伝えたい残したい 終わりなき海軍』文化放送,1978年,98頁。

 

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 この松浦敬紀編著は『若い世代へ伝えたい残したい……』という書名になっていた。21世紀のいまごろになってだが,自民党政府がこのように中曽根康弘たちも回想した「歴史の事実」を否定する閣議決定を合意していた。

 中曽根が挙げた,しかも自分が設営させた慰安所に狩り出された女性たちは,軍属とはいいえない「従軍であった」と理解するほかない “動員のされ方” をしていた。特定の島(もちろん戦場になっていた地域)においてなされたその動員「話」である。強制もなにもあったものではなかった。それどころか,ただ強制そのものでしかありえない「物語」であった。

 中曽根康弘がそのように「書いて・残した文章」の含意は,従軍というコトバの意味を否定するどころか,つまり「言わず語らず」にすなおに肯定する文章になっていた。それは正々堂々と,戦争中における旧大日本帝国軍の『従軍慰安婦「観」』,つまり軍隊:軍事力によって動員を強制し,調達しえた「軍事物資」の関して正直に告白していた。正確にいうとしたら,告白というよりは自慢話になっていた。

 旧大日本帝国陸海軍にあっては,それほどに「従軍慰安婦」の存在は普遍的に実在していた,それも軍人ではない女性たちだったゆえ,軍事物資ないしは付属施設内でその一部を構成する物体あつかいされていた。彼女らそのものは人間としてではなく,あくまでも戦時中における軍隊用に「必要不可欠のただの物資」とみなされていた点に注意したい。

 要するに,「従軍」というコトバを必死になって消してみたところで,その従軍慰安婦問題にかかわる「歴史の真実・事実」が消えることは,けっしてありえない。日本政府が閣議決定という形式でその従軍というコトバを消しえたつもりであっても,この抹消手続そのものがまた「従軍慰安婦」問題に新しい〈論点〉を付加したことになる。

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 最後は画像資料でもう一点,上のものを追加しておく。「従軍慰安婦」問題向けの回顧談であるが,こうなると「従軍慰安婦問題」から「従軍」の文字を取りのぞいたところ,もともと従軍しかありえないこの慰安婦「問題」であった。

 どうやったところで,どかせられるはずのない,もともと消せないその文字であった。それをなくせたつもりになれたとしても,従軍慰安婦問題は「慰安婦が従軍していた事実」じたいである点は変えられない。

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【断わり】「本稿(その2)」は明日以降につづく。できしだい,ここ(  ↓  )にリンクを張る。

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