皇族の「眞子さま」から民間人の「小室眞子さん」へ変身? なんだかよく分からぬ日本国「皇室問題の妙」を2人の結婚問題を介して3年ぶりに再考してみる,人間に関した「貴賤の問題」にもかかわる皇族問題の「明治遺制としての歴史的本質」,衆議院総選挙の直前にこの「大々的な報道」

              (2018年8月8日,更新 2021年10月27日)

 本題日本国憲法下の民法よりも「皇室典範」ほうが優先,惹起している「秋篠宮長女:眞子」婚約問題の不首尾』〔が片づき,眞子は2021年10月26日,小室 圭と結婚した〕

  副題・『どこかの親父が「どこの馬の骨とは分からぬ男」と「うちの娘との結婚」は許さないなどと怒鳴る構図に,はたして似ていなかったのか,否か』

  副題・『皇族特別視から派生している一般庶民・人間差別を,実質的に示唆するほかない「眞子婚約騒動」,その顛末の1件』

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  🌑 前  記  🌑

 a) 本日,2021年10月27日『朝日新聞』朝刊の1面冒頭記事の見出しが「『心を守るために必要な選択』 眞子さん・小室 圭さん結婚」であった。本日のこの記述は3年前に公表してあった一文であったが,その後お蔵入りしていたものを,ここに再掲し,復活させた。

 現天皇の姪の1人,秋篠宮の長女眞子が,いままでなにかと騒がれてきた相手,小室 圭との結婚問題が決着した。10月31日に控えている衆議院総選挙関連の報道などそっちのけにしたいかの様相をみせて(実質,その妨害!),この重大(?)事件を報じるマスコミ・メディアの基本姿勢は,非常に興味深い「日本政治社会論」に関する素材を提供した。

 補注)ここでは関連してとくに,つぎのユーチューブ動画の視聴を勧めておきたい。この動画では最初のほうで早速,本日のこの記述に直接関係する発言がなされている。

 

 衆議院総選挙では不利が確実に予想されている自民党政権にとって,このような皇室関連の報道体制は大いに歓迎されるべき事象であり,麻生太郎(別名愛称:阿呆タロウ)副首相が最近,またもやそのウマ・シカぶりを面目躍如させる本当に愚かな発言を放っていた。

 b) 麻生太郎のその発言はおおよそ,こういう内容の発言であった。

 2021年10月25日のことであった。北海道小樽市でおこなわれた街頭演説のなかで麻生太郎自民党副総裁が,またもや例の調子で,つぎのごとき完全に独断であって,かつまた,どこまでも無知でしかない発言を放っていた。

 つまり,「北海道の米がうまくなった」のは「農家のおかげですか?  農協の力ですか?  違います」と断言したうえで,「温暖化のおかげです」(平均気温が2度上がった点に関連づけての主張)という珍説の迷論を,例の調子で得意げに披露した。

 そのタロウ流の北海道産米「品質向上」に関する奇抜な解釈「温暖化説」に対しては,北海道大学農学研究院の専門家,川村周三(しゅうそう)研究員・元教授いわく,品種改良にくわえ,栽培技術や収穫後技術の改善を積み重ねた結果であって,「温暖化の影響はほとんどない」し,「猛暑である必要も,地球温暖化である必要もない」と説明している。

 この麻生太郎流の性癖ともみなしてよいデタラメ発言は毎度のことであったが,今回は,北海道産米の品種名に関して『おぼろづき』『こちぴりか』(後者は「ゆめぴりか」が正しい)』という名称を挙げたかたちで,それも「うろ覚えではなく,たいそうな自信をもって」間違えられる自身の特性を,今回もみごとに披露してくれていた。

 補注)関連する報道を『毎日新聞』が,こういう記事にしていた。見出しは「北海道のコメ巡る麻生氏発言『断じて許されない』『毎日新聞』2021/10/26 19:18(最終更新 10/26 23:22) 農民連盟が抗議」https://mainichi.jp/articles/20211026/k00/00m/010/301000c

 自民党麻生太郎副総裁が衆院選の街頭演説で,北海道産米が地球温暖化の影響で品質が上がったかのような発言をしたことに対し,道農民連盟の大久保明義委員長が26日,「全道挙げて品種改良を重ね,『北海道ブランド米』としての地位を確立した結果であり,生産者の努力と技術をないがしろにするような発言は断じて許されない」とする抗議談話を発表した。

 

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 談話では,温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロとする政府の目標に触れ,地球温暖化を肯定するような言葉を発することは,自民党副総裁の発言として有るまじき由々しき事態と批判。そのうえで「温暖化防止対策に取り組んでいる企業や国民にとっても耳を疑うような発言だ」と指摘した。

 これで自民党は,10月30日の衆議院総選挙にさいしてはとくに,北海道や東北地域の有権者からさらに支持を失う可能性がある。

 ともかく「麻生太郎=阿呆タロウ」などとヤユしていわれて当然であった理由が,さらに〈深まった:あらためて裏づけられた〉とでも表現したらよい材料を,当人がわざわざ提供していた。

 まったくもって,このタロウは「罪なことをよくいうよ!」と非難される以前に,まことに・ひたすら,ただただバカらしく存在しつづけてきた「自民党最古参議員」として,「再々度のチョンボ」を犯していた。

 c) 麻生太郎は以前,だいぶ昔のことだが,衆議院選挙に初出馬した1979年の演説で登壇して開口一番,支援者に対して「下々の皆さん」と発言した点は,いまでも語り草になっている。

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 麻生太郎は,敗戦後の米軍占領期から首相を務めていた吉田 茂の孫に当たる。さらに,15歳下になる末妹の信子が,昭和天皇の末弟三笠宮の息子寛仁と結婚していた。ということで,このタロウさまは「自分が特別の地位・境遇を有した人間」であると,いいかえれば,「皇室・皇族にかぎりなく近しい間柄に位置する人間であるから,オレは・・・」と,相当強く自負してきたと推察される。

 2021年10月4日に発足した岸田文雄政権になってもまだ,自民党の副総裁と政府の副首相の座を占めつづけているのが,この麻生太郎君であった。だが,その御年は生年月日が1940年9月20日であるから81歳。

 事実,それほどボケているようにはみえず,カクシャクとしているとも観察可能なこのタロウ君である。だが,いうこと・やることのいちいちがどう観ても,「人間としての基礎的な素養を疑わせる言動」を時々発生させてきた。

 その年齢が関係してもいたせいか,北海道産米の品種名として存在しない『こちぴりか』という〈新種名〉を,デッチ上げてしまい,口に出した受けとめておきたい。とはいえ,麻生太郎は自分なりに意識明瞭なる精神状態でもっていて,その間違いを堂々と披瀝していたとみなしておく。

 参考にまで触れると,自民党衆議院選挙の比例区では73歳定年制を布いている。だが,タロウ君は比例区の名簿に載せてもらえなくとも,地元九州の自分の小選挙区では,当然に悠々と当選すると予想されている。 

  さて,以上が2021年10月27日に足した記述である。つぎからが2018年8月8日の記述の採録となる。

 

 「『納采の儀,現状では行えない』 秋篠宮ご夫妻,小室さんに」朝日新聞』2018年8月8日朝刊1面〔左上配置記事〕

 秋篠宮家の長女眞子さま(26歳〔当時の年齢〕)との婚約が内定中の小室 圭さん(26歳)と母親に対し,秋篠宮ご夫妻が「現在のままでは(皇族の正式な婚約にあたる)納采の儀はおこなえない」と伝えていたことが分かった。皇族として国民から広く祝福される状態にないと考えているためだといい,天皇,皇后両陛下にも報告したという。小室さんは〔8月〕7日,3年間の予定で米国留学へと出発した。(▼27面=成田空港から出発)

 補注)のっけから疑問が湧いてくる。憲法24条1項には「両性の合意」「夫婦」という文言がある(このさいひとまず異性は考慮外)が,皇族の関係が具体的にからんでくると,この憲法の条項は無視されうるのか?

 ただし,皇族の婚姻について現行の皇室典範「こうしつてんぱん」,昭和22年法律第3号)は,日本国憲法第2条及び第5条にもとづいて,皇位継承および摂政に関する事項を中心に規律した皇室に関する法律としてある。ここから生じる問題は最後のほうで言及する。

 補注中の 補注)旧大日本帝国憲法と旧皇室典範は別々の法律であって,前者が後者の上位に置かれていたが,現在の憲法とその典範は異なっており,逆に,前者が後者に対して上位に置かれている。

 だが,皇族とふつうの人が結婚をする場合,憲法民法の規定を「超(?)法規的(!)」に皇室典範が襲い,最優先される。この事実は,現在の天皇明仁が正田美智子と結婚するときや,この夫婦の2人の息子や1人の娘が結婚するとき,皇室典範を法的に優先するとりあつかいが厳然となされていた事実からも理解できる。

 日本国憲法のもとにある,つまり以前の旧皇室典範のように明治憲法(旧日本国憲法の上位に置かれていた)ときとは異なり,新憲法の制約を受けるはずの皇室典範があるはずだが,依然,なにかにつけてはこちらを優先させていると観察されるほかない,それも「皇族女性と民間人(旧平民!)男性」との結婚問題となっていた。

 新聞報道などでは,たいそうものしりであるはずの専門の識者までが,「皇室・皇族と国民たちのあいだ」において発生している「双方の人間による婚姻」の問題に当たって,どうしても介在せざるをえない論点,いいかえれば「旧・新の法律・制度」とが複雑に入りくんだ実相を,きちんと整理しつつ解説してくれる者は,ほとんどいない。

 まさか,いまだに「菊のタブー」に類する “なんらかの問題要素” がそこに食いこんでいるとは思いたくないが,当該の問題全体の模様を客観的に分析・整理し,その論点を分かりやすく解説してくれる記述がなかなかみつからない。

 「皇族用の皇室典範」は,明治憲法制定のときに同時に用意された法律である由来(特性)を有していた。しかもそれは,旧憲法大日本帝国憲法)の頭上に位置しており,「天皇天皇制を絶対視する」うえで不可欠であった「半封建かつ前近代的な政治思想・イデオロギー」を注入するための観念体系として用意されていた。

 ところが,大日本帝国が敗戦して以降,この「旧」皇室典範の廃止ないしは全面的な改正をほどこすのではなく,ごく一部の微修正をくわえただけで,いままでも,その “明治帝政時代的な準用” で済ますような便法ですごしてきた。

 それゆえ,今日的にはたとえば,秋篠宮夫婦の長女「眞子と小室 圭の婚約問題」から不協和音が発生していて,とりわけすでに世間ではさんざん騒がれてきたが,それ以上に不協和音を発生させる原因を提供していた。

 小室 圭のアメリカ留学はある意味では,実質「所払い処分」に相当していた。

 もっとも,敗戦後において,GHQの指導のもと成立・施行された新憲法日本国憲法じたいが,その第1条から第8条を天皇条項で構成される作りであった関係で対位的に観るとすれば,その旧皇室典範のほうは,それほど深く考えるでもなく,ごく一部の訂正だけでそのまま準用してきた。

 そのために,民主主義を基本とする憲法であるはずの新憲法とのあいだでは,直接・間接の齟齬・矛盾をはらんだかたちとなって,21世紀の今日まで来ている。

〔記事に戻る→〕 関係者の話を総合すると,秋篠宮さまと紀子さまは今年に入り,宮邸で小室さんや母親と面会のさい,繰り返しこうした考えを伝えたという。眞子さまも同席していたという。

 眞子さまと小室さんは,約5年間〔2018年8月時点で〕の交際期間を経ており,ご夫妻も2人を信頼し,当初祝福していた。昨〔2017〕年9月に婚約が内定し記者会見したが,その後週刊誌で,ご夫妻や眞子さまにしらされていなかった小室家側の「金銭トラブル」などが報じられた。

 補注)「金銭トラブル」といったたぐいの問題は,誰にでもまとわりつきそうな日常的問題のひとつである。アナタにも私にも,絶対に人ごととは思えないトラブルが,皇族の婚約相手となった人物の場合だと,突如,けっしてあってはならない〔夢にも考えられないような〕問題とみなされ,拡大鏡どころか顕微鏡をのぞいてみるかのように詮索されて語られはじめた。

 眞子と小室 圭は過去〔ここでは2018年8月の話〕5年間交際してきた。彼女は26歳だ〔同上〕というのだから,結婚の時期が〈晩婚化〉し,「女性の場合でも30歳」に到達しようとするいまの時代ゆえ,まだ時間的な余裕はあるとえいなくもない。

 補注中の 補注)2020年の平均初婚年齢は,夫31.0歳,妻29.4歳にまで上昇した。

 しかし,小室との結婚話は,現状を観るかぎり “オヤジの秋篠宮” が婚約(皇族での「正式な婚約」に当たる「納采の儀」)はさせない,つまり,つづいては結婚もさせないという「先の見通し」まで,はっきり言明したことになっていた。

 そこには,秋篠宮夫婦(両親)の意向が強く介在していると推察されるが,くわしいことは,こちら側には察知しえない事情である。ともかくオヤジが,自分のかわいい娘が連れてきて “結婚したいといった相手(通常は「男」)” に気にくわない点があるといったり,その後における話がうまく進展しないことなどは,よくある実例である。

 だが,その「相手の相手が皇族で『〔平成の前〕天皇の次男坊の長女』となってくると,話はあらためてさらに複雑系のなかの問題へと移動していかざるをえなかった。

 今回のように,民法が適用されている通常の「日本国籍:男性」と「皇族の一員:女性」とが結婚する場合,どういうわけがあるのか分かりにくいのだが,皇族側の皇室典範だけでなく,これにさらにくわえて,

 皇室内において明治期以来にいろいろ創造され,たくさん付加されてきた儀式・作法に照らしながら,ああだ・こうだというふうに話が発展しだすのであった。そこでは,庶民のわれわれには理解しにくい,儀式なり作法なりが重たくのしかかっている。

〔記事に戻る→〕  眞子さまと小室さんは今〔2018〕年2月,「充分な準備をおこなう時間的余裕がない」として,納采の儀に始まる結婚関連の諸行事を「再来年(2020年)に延期」すると宮内庁を通じ発表したが,背景にこうした事情もあったとみられる。

 補注)「やる気がある」ならば,その十分な準備など皇室側では簡単に整えられる。その気になれるならば,お茶の子さいさいの要領で,眞子と圭の結婚など滞りなく仕上げられるのではなかったのか。

 要は,新聞報道など諸ニュースは秋篠宮」の意向を最優先にとりあつかっていた。そのせいか,秋篠宮配偶者である「紀子の母親としての存在感」は薄まっていた。

 参考にまでいうと,正田美智子が平成の天皇と婚約したとき,相手を褒めちぎって最高にもちあげた言辞がどういう表現になっていたか,思いおこしてみればいいのである。

 1958年11月27日の婚約記者会見で美智子いわく,「とてもご清潔でご誠実なご立派な方で心からご信頼申し上げ」と,当時の「皇太子の印象を述べた」。

 前述のように,その後天皇となった明仁の長男は小和田雅子と,次男は川嶋紀子とそれぞれ結婚したけれども,逆の方向でそのような褒め方がなされたことがあったか?

 眞子の婚約にまつわる今回の話題は,祖母の美智子が婚約・結婚したころ(昔)とは違い,周囲の皇族たちなどからやっかむ声は,われわれ庶民の耳に聞こえることはなくなった。そういった時代ではなくなっていた。

 かつて〔美智子のとき〕は「民間での祝福ムードとは対照的に,貴賤結婚であること」や,妃候補の「選に漏れた他の候補者に北白川肇子など元皇族の令嬢がいたこと」などの理由をもって,一部の皇族・女官に受け入れられず,元皇族・元華族の婦人らからもさまざまな非難を受けていた。

 美智子は1969年,昭和天皇の侍従入江相政に対し「(その妻:香淳皇后は)平民出身として以外に自分になにかお気に入らないことがあるのか」と尋ねたほどであった。いずれにせよ「昭和天皇の配偶者であった彼女」の場合は,「皇族・旧華族」以外の日本国民全体を,もともと,自分と同じ身分・地位の人びととはみなしていなかった。つまり,敗戦後になっても「戦前の時代感覚」しかもてなかった女性であった。

 香淳皇后が生きた時代に比べれば,すでに彼女の「ひ孫の代」までが,民間人(旧平民)から嫁取りする時代である。そのことじたいに,なにやかやいえる時代ではなくなったし,関係してうるさくいう元皇族の人びともいなくなった。

 だが,それでも「皇族というのは」,美智子の表現を借りて位置づけるとしたら,結婚(=婚約)する相手としては「とてもご清潔でご誠実なご立派な方で心からご信頼申し上げ」られるほどにも立派で高潔な人物でいないと,それこそ決定的にまずいなにかの理由であるかのように解釈されてきた。

 〔記事に戻る→〕 秋篠宮家は「結婚にあたっては日本国憲法にもとづき当事者の意思を尊重すべきだ」と考えているという。だが同時に,皇室の一員としては広く国民の祝福と理解をうることも不可欠と思っており,複数の週刊誌でトラブルが報道されつづけている現状では,正式な婚約や両陛下へのあいさつができる状態ではない,と考えたという。

 補注)ここでは相互に混乱というか,端的には矛盾する話が語られている。「日本国憲法にもとづき」(「両性の合意」の意味か?)と語る秋篠宮であったが,そのさき(実は上)には「皇室典範」に特有である皇族関係者の  “特別な立場” が,まず大前提になって控えていた。しかもこの点についての疑問など,秋篠宮の立場においては,ハナから感じられていなかった。

 それでいながらも彼はくわえていわく,「皇室の一員としては広く国民の祝福と理解をうることも不可欠と思って」いると。こうなると “水と油の関係” になるほかない,それも前後してつじつまの合いそうもない無理,いいかえれば「理屈ではない感情」に属する〈なにものか〉までが,同時並立的に披露されていたことになる。

 また,小室 圭に関して「複数の週刊誌でトラブルが報道されつづけている現状」は,皇室・皇族たちにとってみれば,ひたすら「マイナス要因」だという解釈になっている。

 「2人の愛があれば,どんな障害でも乗りこえ,なんとしてでも僕たち・私たちは結婚します」といったような具合に,眞子と圭のあいだにおける意思の疎通が許される事情にはないのか。そういう疑問も感じる。

 補注中の 補注)2021年10月下旬になった時点での顛末は,この2人は結婚したけれども,アメリカに逃避して生活するほかない結果となっていた。

 〔記事に戻る→〕 皇室では一般の結納にあたる「納采の儀」を経て婚約したとみなすのが慣例で,その後,婚約相手は両陛下に拝謁(はいえつ)する機会が設けられる。皇族の女性は結婚で皇籍を離れるが,そのさい,皇室経済法により「品位を保つため」に国から一時金が支給される。眞子さまの場合,金額は1億円超とみられる。

 補注)眞子はこの一時金の給付を辞退した。日本社会の内側からこれまでさんざん受けてきた特殊な圧力を意識しての対応であった。

 一方,小室さん側は,一連の週刊誌報道について金銭トラブルではないと宮家に説明しているといい,秋篠宮ご夫妻は小室さん側に対し,問題がないのであれば公に事実関係を説明することが望ましい,との考えも伝えているという。

 補注)つまり「品位の領域」に属する問題に関して,小室 圭とこの家庭の側における私的な事情が問題にされていた。それでいて,小室側に「問題がないのであれば公に事実関係を説明することが望ましい」と要求した「秋篠宮夫婦がわの態度」は,かなり奇妙であった。皇族の立場からの〈絶対の高見〉に立ったものいいにしか聞こえないそれであった。

 相手(小室)側じたいの説明が,もしも「週刊誌などの報道」は「あくまで私的な事情のことがらであり,公的には問題がない」といっていたのであれば,なぜ,秋篠宮側が「公に事実関係を説明すること」を「望ましい」と強引に要求したのか。

 以上の話は,その筋においてからして,そもそもからおかしい点があった。そう感じてよいやりとりになっていた。ところが,「皇族の立場」からはそうではないと判断できるらしい「皇室なりに独自の価値観」が,別途に含意されていた。そのように解釈するほかあるまい。

 事実,小室 圭の家庭事情などは皇室側からすれば「ごく小さな存在・意味」にしか映っていないかのように報道されてきた。そうしたマスコミ報道からは,「皇族が上位」にあり「国民(庶民・民間人)は下位」であるといった「相互間の関係づけ」が,申すまでもなく明白に読みとれる。これは,けっして過大な解釈ではなく,常識的な受けとめ方であるはずである。

 要するに「特別な人びと」が「そうではないふつうの人びと(われわれ)」に向かって,特別なことを要求しえて〔ゴリ押しできて〕いるとしか観察できない,いうなれば『「皇室と民間」の相対(あいたい)関係』という間柄のなかに関しては,なにか格別な問題「障壁」がありはしないのか?

 かといっってもマスコミ側は,そこまで突っこんで,くわしく報道(解説や批判)をしようとはしていない。なるべく回避しているとしかみえない。

〔記事に戻る→〕 小室さんは米国留学で日本を離れるが,勤務先の法律事務所に対しては「結婚の意思に変わりはない」と説明している。宮内庁の山本信一郎長官は「これからのご日程についてはお二人と両家が相談してお決めになる」(7月12日の定例会見)としている。(引用終わり)

 以上に引用したうちで,この最後の段落は「両家が相談してお決めになる」と宮内庁長官が語っていると報道されていた。両家の意思が当事者2名の婚約・結婚問題をとりしきっていると,この長官はなんの淀みもなく語っていた。

 「両家」ということばの意味を,どのように受けとるか要点になっていた。通常,それは「家単位の次元」に関する用語・表現であって,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有する」と日本国憲法が規定しているところの,「男・女の個人次元」に関するそれではない。結局,違和感が残されたままである。

 

  東京医科大学「不正裏口入学事件」から明らかになった女性差別などの問題

  本日〔ここでは〕2018年8月8日の『朝日新聞』朝刊冒頭記事は「東京医大入試『女性差別』 2006年には得点操作 調査報告」との見出しをかかげ,まずこう伝えていた。

    文部科学省前局長の汚職事件に端を発した不正入試問題で,東京医科大学の調査委員会は〔2018年8月〕7日,調査報告書を公表し,遅くとも2006年の一般入試から,女子や浪人年数の長い男子が不利となる得点操作をおこなっていたと指摘した。

 

 得点操作は女子らの合格を抑制するのが目的で,調査委は「女性というだけで不利な得点調整をおこなうことは,もはや女性差別以外の何物でもなく,断じて許される行為ではない」ときびしく批判した。(▼2面=二つの手法,27面=調査報告要旨,29面=公正さ欠落)

 さて,現行の皇室典範は,よくしられているように,第1条で「皇位継承資格は皇統に属する男系男子のみ」とし,第2条で「皇位継承順序は直系優先,長系優先,近親優先」と定めていた。これは旧皇室典範となんら変わりない。明治からのその皇室典範は「第一章 皇位繼承」で,こう規定していた。

  第一條 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス

  第二條 皇位ハ皇長子ニ傳フ
 
 明治に入ってからだったがとくに,あらためて新しく決めた以上のごとき男系天皇制は,上記のように規定されていた。

 しかし,敗戦後になってからは,皇族のそれも女性が民間人と結婚すると,皇族用の戸籍である皇統譜から除籍されることになった。

 「戦後に改正された皇統譜令(1947年政令第一号)においても,従前の皇統譜を継承するものとされた。皇族の身分を離脱した者は皇統譜から除籍,新たに戸籍を編纂。非皇族=『臣民』の戸籍に入ることを『降下する』という。離婚や離縁があっても元皇族は復籍することはない」。

   この引用文は,井戸まさえ稿「眞子さまはなぜ自由に結婚できないのか? 『非戸籍の日本人』の苦悩 これは国民全体の責任かもしれない」『現代ビジネス』2018年2月8日』,http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54396  からであるが,井戸はさらにこう述べていた。

 a) 宮内庁は〔2018年2月〕6日,内定していた法律事務所社員の小室 圭さんとの結婚が延期されると発表し,眞子内親王のコメントを公表した。「それが叶わなかったのは私たちの未熟さゆえ」。この言葉のなかにはさまざまな事情が垣間みえる。

 

  もし,眞子内親王に戸籍があったら,憲法24条により親の同意も関係者の理解もいらず,ふたりの意志だけで婚姻する選択肢はあったはずである。周囲の反対があってもともに働き,経済的独立を果たし,たがいを支えあい家庭を作る。

 

    だが,非戸籍者である皇族は戸籍をもつ者の他力を借りなければ,戸籍を作ることも,意志があったとしても婚姻することもできない。

 

    b)皇統譜」は天皇・皇后に関する事項をあつかう「大統譜」,その他の皇族に関する事項をあつかう「皇族譜」の二種があり,皇室の身分関係(家族関係),皇統を公証する。

 

    婚姻により皇室に入る民間人は,それまでの「戸籍」を失うことになる。逆に結婚して皇室を出る女性皇族は,自分の戸籍をもたないまま夫を筆頭者とする戸籍を作り,そこに登録される。

 

    戦後に改正された皇統譜令(1947年政令第一号)においても,従前の皇統譜を継承するものとされた。皇族の身分を離脱した者は皇統譜から除籍,新たに戸籍を編纂。非皇族=「臣民」の戸籍に入ることを「降下する」という。

 

    c) 離婚や離縁があっても元皇族は復籍することはない。

 

    皇族女子が臣下に嫁すことで皇族でなくなる場合は臣籍降嫁(しんせきこうか)というが,新憲法下では皇室離脱となり,明治以降約40例の記録が残る。最近では紀宮清子内親王高円宮典子女王の例がある。

 

    1947年には「皇族の身分を離れた者及び皇族となった者の戸籍に関する法律」が制定され,死別,離縁等の事情があるときには女子のみ皇族の身分を離れることができると規定された。

  以上の引用においては『非皇族=「臣民」の戸籍に入ることを「降下する」』とか,『 皇族女子が臣下に嫁すことで皇族でなくなる場合は臣籍降嫁(しんせきこうか)』といった,まことに時代がかった表現が出ていた。けれども,21世紀の現在でも当然のように従前に,その種の文言・修辞が使われている。

 さて,眞子は特別あつかいされていたのか,それともなにかの差別をそれも皇族の女性として受けていたのか? はたまた,小室 圭は皇室側からだが「1人の国民として,なにか特定の差別に相当するあつかい」を受けていなかったのか?

 その疑問に答えることはそれほど困難ではないが,今日のところはこれ以上言及しないで,次回の記述を設けてさらに深める議論を試みたい。

【参考記事】

 付言)この参考記事を挙げたあと,あらためて気づいたのは,「あれ,この画像では〈眞子〉がさきに壇上に登り,〈小室 圭〉があとから登っている」という順序であった。この様子が結婚したあとのものであったとなれば,とても「?」である。

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